20120501

伊波城跡

 伊波城跡に行くつもりがぼ~と走ってたら通り過ぎて金武町まで走ってしまったさ~。

かぜをひかずに 三線ひこう・・・
近くの公園がすっかりきれいに整備された




伊波城跡

伊波城跡は別名伊波グスクとも呼ばれ、石川市街地を北東側に見下ろす標高87mの丘陵に位置し、東西45m、南北52mの範囲に一重の石垣をめぐらせた短郭式の城で面積は3712㎥の比較的小型のグスクといえます。
城壁は自然の地形を巧みにとりこみながら石垣をS字状にくねらせ、自然石をほとんど加工せずに積み上げていく野面積という技法で作られています。
平成元年(1989年)の発掘調査によって城内の地表下50cmから数回の建替をしたと思われる無数の柱穴跡が発見され、掘っ立て柱建物の存在が確認されました。また大量の地元産土器や外国産土器中国産の青磁や白磁、三彩陶器・褐釉陶器・染付・南島産の須恵器なども出土しており、伊波按司の交易の広さと力を知る事もできます。また当時の人々の食べ残した貝殻や魚や猪の骨なども出土しています。
これらの遺物は13世紀後半から15世紀のものが多く出土していますが、同時に貝塚時代の土器も多数出土しており、約二千八百年前の貝塚が伊波グスクを含めたこの丘陵全体にあったことがうかがわれ、この地域が古代から人々の重要な居住地であったことを改めて教えてくれます。
平成5年2月設置 沖縄県教育委員会
石川市教育委員会


緑豊かなグスク。




Designated:June 15th,1961
Location : #551-1,Aza-Iha,Ishikawa City

Iha Castle,Iha Gusuku in Hogen(Okinawan dialect),is situated on a hill.
It is 87 meters about sea-level.
The castle overlooks Ishikawa City in the northeast.
It is about 61 square maters(201 sq.feet)in size.
A thin stone wall surrounds the castle.
The single stone layer wall is called "Tankakushiki"in Japanese.
This castle is generally thought to be relaively small.The castle wall has been built to follow the natural lay of the land.This gives the wall on "S" shape.It is made of natural stone.
This technique is called "Nozurazumi" in Japanese.
During excavation in 1989,The ruins had been found 50cm(about 19 inches) underground.

There is evidence of many pokes having been buried for the hut.This seems to show that hut has uncovered.They include local and foreign potter and fine China.
Specifically they are;Seiki,Hakuji,Sansai,Katsuyu,Sometsuke,Sueki of southern islands and others.
These show us how Iha-Anji,who has been the lord of the castle,had possessed the administrative power and ability to engage in  foreign trade.
Of the same era,many shells and bones of fishes and wild boars were found.
This shows remaining meal scraps of the native pepole.
Most of there relics came from the latter half of the 13th century to 15th century.
This hilly area here,we call the shell mound,also shows us the area must have been used about 2800 years ago.
This is believed to be an important residence of ancient pepole.









コーラではなくあえて、スプライト


吉野家のシーサーはどんぶり持って・・・


今日は当山の石畳道ですってんころりんと滑り→チヂフチャーは怖くて入れず→西原洗濯ガーで泥汚れを落とし→五月の勝連城跡で台湾観光客とご一緒し→金武町のうなぎは元気そうで→伊波城跡で癒されたさ~。

伊波城跡は手付かず?のグスクだけど、緑豊かで、でーじ癒されたさ~。






勝連城跡の特徴
一つの曲輪城門付近から唐草模様の浮き彫りのついたアーチ石の一部が発見されており、装飾を施した豪壮なアーチ門であった可能性があります。
伊波メンサー織り
伊波メンサーは、「伊波メンサー織具(有形民俗文化財)」「伊波メンサーの織技能(無形文化財工芸技術)」として、昭和62年5月に石川市の指定文化財の進呈を受け、現在はうるま市の指定文化財の認定を受けている。
伊波メイサーは石川の伊波に、古い時代から伝わる織物で、一般的には小幅の帯を指す。伊波メイサーを織る道具は身近にある竹や木を利用して作られたものである。古来から伊波に伝わる原始的なこの織具は、現在県内には類例が見られず伊波のみ、残るものである。一般的な機織とは違い、縦糸を木に固定しもう一方を自分の身体に張り、緯糸の折り込みが進めば、人が前へ進み織っていく。日本でも現存する織機のなかでは、北海道のアッツシ織と八丈島のカペッタ織の3例しかない非常に貴重なものである。

Iha Mensa Weaving
[Uruma City(formerly Ishikawa City) Designated Cultural Properties in May 1987]

Iha Mensa,the textile from Ishikawa's Iha region,has been handed down from the ancient times and generally refers to narrow Kimono belts.
Readily available tools such as bamboo and tree were used to weave Iha Mensa.
Including Iha,these primitive implements currently can be seen only in three regions of Japan.


 今日の勝連城跡は台湾からの観光客で賑わっていた。久しぶりに生のビン南語(台湾語)をたくさん聞けてよかったさ~。


パワースポット(らしい)詳細不明


浦添市指定文化財
史跡 西原洗濯ガー

西原洗濯ガーは、隣接する村ガー「東(あがり)ガー」を補うカー(井泉(せいせん))として昭和二年九月に新築された。東ガーは産水、正月の若水といった聖水として利用されたのに対し、洗濯ガーはその名のとおり衣類の洗濯、農具類や野菜の洗い、水浴びなどに利用された。
築造は、クチャ(泥岩)に溜池を堀り、上部に方形の石灰岩を布積にして表面をセメント張りにしている。また、カーの築造や背景を示す「昭和二年九月新築」や土地・道路の寄付者の刻銘も良好に残している。
洗濯ガーは本市の近世から近代にかけた井水の変遷を理解する上で重要な文化財であり、築造に関する刻銘及び近世の隣接するカーとの使い分けなど、稀に見る井泉である。
平成十八年十二月十九日指定
浦添市教育委員会